Waltz for Debby
Bill Evans
ジャズファンとして避けては通れない作品をひとつ選べと言われたら、きっと多くの人がビル・エヴァンスの「ワルツ・フォー・デビイ」を選ぶと思います。
日本で一番売れているジャズアルバムで、スイングジャーナル誌の「読者が選ぶジャズ名盤ベスト100」でも堂々の1位。まさにキング。キングオブジャズ in JAPAN。
さて、ぼくもこのアルバムが大好きです。
いや、正確に言うと、1曲目と2曲目が大好きです。他の曲も好きなんだけど、冒頭の2曲があまりにも良すぎて、好きすぎて、他の曲の印象が残ってないんですよね。実際のはなし。
だからこのレコードを聴く時はいつもA面。A面ばかり聴いてしまいます。
それくらい、1曲目と2曲目がすばらしいのよ。何度聴いても飽きないのです。
マイ・フーリッシュ・ハート
1曲目の「マイ・フーリッシュ・ハート」は、とても静かな曲です。
最初聴いたときは静かすぎて物足りませんでした。ただのバラードだと思いました。でも繰り返し聴いていると、じわじわとカラダに染みこんできました。
いまひとつピンとこない人は、ぜひヘッドホンをして聴いてみてください。
できれば部屋を暗くして、隅っこで体育座りをして、孤独を感じながら、目を閉じて聴いてみてください。じわじわと染みこんでくるはずです。
村上春樹さんはこの曲について、下記のように語っています。
どのトラックも素晴らしいけれど、僕が好きなのは「マイ・フーリッシュ・ハート」。甘い曲、たしかにそうだ。しかしここまで肉体に食い込まれると、もう何も言えないというところはある。世界に恋をするというのは、つまりはそういうことではないか。
村上春樹「ポートレイト・イン・ジャズ」P76 より
夜、寝る前にヘッドホンをして、布団にごろんと転がって耳をすませ、あの最初の一音「ぽろん」が聴こえた瞬間、いつだってジーンときます。
頭をだらんと垂れて目を閉じているビル・エヴァンスの姿が、ありありと目に浮かびます。
ビル・エヴァンスさんは生粋のひねくれ者で、ぐっとメロディーが盛り上がったところでふっと力を抜くから、そこがーんと行ってくれよーと思っていた時期もありました。でも素直にいかないから良いんでしょう。たぶん。
ワルツ・フォー・デビイ
2曲目はタイトルトラックの「ワルツ・フォー・デビイ」です。
ああ、イントロから素晴らしい。ジャズだなあ。
ピアノとベースによるイントロが終わって、ポール・モチアンのドラムが入ってくる「ジャン」のところは、ジャズ史上最高の瞬間だ。
そしてビル・エヴァンスが完璧に美しいピアノソロを弾いている最中、観客は談笑しながらわははーっと笑っています。
そう、これはライブ盤なのです。当時のお客さんは、ご飯を食べながらジャズを楽しんでいるのです。
食事のBGMに生のビル・エヴァンスとか、究極の贅沢ですね。もしもタイムマシーンがあったら、ぼくはこの演奏の場へ行って、わははーと笑っているお客さんをハリセンでぺちっと叩いてやりたい。
1曲目ではおとなしくしていたベースのスコット・ラファロが、この曲から「らしいプレイ」を披露しはじめます。
専門的なことはよくわからないけど、ピアノがメロディーを弾いている後ろで、ベースもメロディーを弾いちゃっていて、それが不思議とお互いの邪魔をせず、うまいことブレンドされて引き立てあってるような、そんな感じなのです。
ベースを弾いている時に「カチャッカチャッ」っていう音がしてるけど、あれって弦を押さえてる指が移動してる音でしょうか。弦をはじく音ではないですよね。
あのカチャっていう音が、ぼくは好きなんです。いかにもアコースティックのウッドベースっていう感じがして。
買うときに気をつけてほしいこと
さて、初心者の方が「ワルツ・フォー・デビイ」を買うときに気をつけてほしいのは、ボーナストラックがやたら入ってるCDを買わないことです。
これはこの作品に限らず、何にでも言えることですが「オリジナルの曲数・曲順」と同じものをちゃんと選んで買いましょう。その作品をつくったアーティストが意図していない曲が入っているのは、ボーナスでも何でもありません。邪魔なだけです。
できれば、アナログレコードで聴いてほしい。
オリジナル盤はとても我々庶民には手の届かない高嶺の花だけど、国内盤(ビクターのSMJ-6118)だったら、1500円~2000円くらいで手に入ります。国内盤でも音はじゅうぶんいいです。
ちなみにぼくもビクター盤を持っていますが、手に入れるのに3年かかりました。
中古レコードの収集をはじめたとき、有名なレコードなら簡単に手に入るだろうと思っていたんですけど、実はそうじゃないんです。人気盤はみんな手放さないし、出てもすぐに売れるから、なかなか手に入らないんです。
ネットオークションを使えばもっと簡単に買えたんですけど、「レコードはお店で買う」というマイルールが自分にはあるので、ずいぶんと時間がかかってしまいました。
その分、見つけた時はうれしかったですけどね。
- Bill Evans(p)
- Scott LaFaro(b)
- Paul Motian(ds)